こんにちは、佐々木です。

自分の年齢とスタッフの平均年齢が近いせいか、職場でジェネレーション・ギャップを感じることはほとんどありません。ですが、ネット体験の豊富さについては、人によってかなりの差が生じます。

たとえば、「あやしいわーるど」(匿名掲示板)から「デコゲット」(デコメ素材投稿サイト)まではわずか10年ほどのひらきしかありませんが、その両方に夢中になった経験がある人間はなかなかいません。たぶん、いないと思います。

そうすると、同世代の人同士が話していても、「あのサービスを使っているときのあの感じ」といったニュアンスが通じないのは当然という気がしてきます。そしてその傾向は今後さらに強くなっていくと思います。

そこで今回は、こうしたネット体験のジェネレーション・ギャップをうめる方法として、いくつかの本を紹介したいと思います。本を選ぶにあたっては、「ユーザーとしての体験や感動が表現されているもの」を重視しました。みなさまの参考になれば幸いです。



1. インターネット探検(立花隆)

「NASAのホームページで宇宙旅行へ」「アダルトの世界に国境はない」というwktkした見出しからもわかるように、インターネットが商用に解放された当時の感動が活き活きと書かれています。人によっては、一枚の画像を見るのに何分何時間も待ち続けるマゾヒスティックな感覚を思い出すかもしれません。

ちなみに、坂本龍一氏が「趣味はネットサーフィン」と公言してアルバムの制作をさぼっていたのもこの頃でしたが、「ネットサーフィン」という言葉はいまではすっかり死語になってしまいました。



2. ほぼ日刊イトイ新聞の本(糸井重里)

現在よりもっと未成熟だった90年代のウェブの世界に、コンテンツ制作の「技術」ではなく「哲学」を武器にして参入してきたのが糸井重里氏でした。
そして「ほぼ日刊イトイ新聞」は、時代によって浮き沈みを繰り返すウェブの「技術」(つまりトレンド)とは微妙な距離をとりながら、いまなお唯一無二のメディアであり続けています。

「ほぼ日」立ち上げまでの苦労と成功体験のエピソードからは、技術ではない“なにか”を感じるとることができ、そこにこの本の価値があると思います。
Webの業界にもいろんな教科書があって、それぞれに参考になるものばかりですが、これもぜひあわせて読んでおきたい本のひとつです。



3. シリコンバレー精神 - グーグルを生むビジネス風土(梅田望夫)

この本は、まだ駆け出しのベンチャーキャピタリストだった頃の梅田望夫氏のエッセイ集で、1996年から2001年頃までに書かれた文章がまとめられています。ドットコム・バブルの熱狂と崩壊を間近で目撃した人間のリアルな声として、普遍的なおもしろさがあります。

私はドットコム・バブルが終わってからこの業界に入った人間ですが、この本を読んでから、ドットコム・バブル世代の同業者の話がよりスムーズに理解できるようになった気がします。「ジェネレーション・ギャップをうめる」という今回のテーマ的にも、外せない一冊です。



4. 教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書(ばるぼら)

90年代前半から、「ブログ元年」として記憶される2003年頃までの、日本のインターネットにおける歴史をまとめた本ですが、とにかくすごい情報量で、かなり読みづらいです(笑)。しかしこの読みづらさが、当時のネットの雰囲気を正確にトレースしていて、たまらない魅力になっています。

今ではこういう雰囲気はなかなか体験できないので、その意味でも、この本に一度取り組んでみることをおすすめします。ちなみに私も全部は読めませんでした。



5. モバゲータウンがすごい理由(石野純也)

モバゲータウン」の解説本としてよりも、「1999年のiモードから、パケット定額、高速通信、番号ポータビリティにいたる過程とそれをとりまく状況の解説」が重要だと思います。モバイルにうとかった自分にとっては、ものすごく勉強になりました。

夢占いの類型として有名な夢に、「自分の部屋に実はもうひとつの隠し部屋への入り口があった」というものがありますが、私の場合、この本の読後感はそれに近かったです。「こんな身近にそんなすごい世界があったなんて!」と、とても驚きました。



6. 命の輝き(未来)

話題のケータイ小説です。昨年大ヒットした『恋空』でもいいのですが、あわせて読んでほしい佐々木俊尚氏の記事との関係上、『命の輝き』(ライブドアパブリッシング)をお薦めします。

さて、その記事の趣旨とはこうです。

ソーシャルメディアとしてのケータイ小説 - 佐々木俊尚 ジャーナリストの視点/CNET Japan 2007/12/20
本来、文学というのは、ひとりの孤高の作家がみずからの内面と向き合い、みずから作り上げた世界観と哲学を世間に問うという行為だった。だがケータイ小説は、書き手の側も、読み手の側も、自分たちがひとつの「空間」を共有していると信じ、その「空間」に寄り添うかたちで小説をコラボレーションによって完成させていく。文学が卓越した個人による営為であるのに対し、ケータイ小説は人々の集合知をメディア化したものである。

文学ではなくメディアとして考えると、ケータイ小説のイメージが変わってきませんか? 作品としての評価は人それぞれだとしても、CGMとしてのケータイ小説を理解するうえで、ぜひ一読をお薦めします。



7. ネットで人生、変わりましたか?(岡田有花)

最後は、ITmediaの記者である岡田有花氏が、取材を通して出会った「ネットで人生を変えた人たち」の記事がまとめたこの本です。

私はこれを、サービスを提供する側の目線で読んでしまうわけですが、一読して「よくぞ本にしてくれた!」と感激しました。自分たちが提供しているネットのサービスで幸せになる人が世界のどこかにいる、という事実によって勇気づけられましたし、仕事に対してより確かな誇りを持てるようになりました。もちろん、さまざまなネット体験を知る手段としても、とても優れた本です。

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